労働時評
経団連会長講演から読み解く日本独占資本の戦略
グリーンこそ現代資本主義の新たな「もうけ口」だ
                       

 中西宏明から経団連(日本経済団体連合会)の会長職を引き継いだ十倉雅和(住友化学会長)が、昨年十二月に日本経済研究センターで「2022経済展望とサステイナブルな資本主義の道筋」と題して講演を行なった。経団連のホームページに講演全文と資料が掲載されている。ここでは、この講演を主な素材として、日本独占資本の現状認識と戦略を批判的に検討したい。

サステイナブルな資本主義?

 十倉は「資本主義再考」と題して、今後の経済、社会の方向性として経団連が掲げる「サステイナブルな資本主義」を紹介した。やや長くなるが引用する。
 「改めて、資本主義について、わたしなりに整理してみました。
 起点となる考えは、メインストリームの新古典派経済学です。市民革命以後の個人の基本的自由・権利を擁護し、個人が、自由な経済活動を通じて利潤を追求、最終的には、効率的な資源配分が実現するという考えです。
 しかし、世界恐慌が起こり、市場の不均衡、大量の失業者が生まれ、「第一の危機」が発生しました。ここで、ケインズ経済学が出現します。政府が需要をコントロールし、不均衡を是正するというものです。(中略)
 しかし、東西冷戦、ベトナム戦争、アメリカ経済の停滞への危機感等により、「第二の危機」が叫ばれました。今度は、反ケインズの空気が生まれ、ミルトン‐フリードマン率いる新自由主義(シカゴ学派)の台頭により、自由放任主義や市場原理主義(新古典派経済学の先鋭化)が広まりました。それを採り入れた経済政策がレーガノミクス、サッチャリズムです。(中略)その後、ベルリンの壁、そしてソ連が崩壊した後、フランシス‐フクヤマが、歴史の終わりと言い、資本主義の勝利を宣言しました。徹底した新自由主義は、格差の拡大や生態系の崩壊を招きました。格差拡大は、各層において分断・対立を起こし、ポピュリズムあるいは保護主義、一国主義を生じました。また、貿易・通商対立、先端技術対立、デモクラシー対オートクラシーというイデオロギー対立をもたらしました。
 こうした、世界的な行き過ぎた資本主義、市場原理主義の潮流によりもたらされた弊害は、大きく二つあります。一つは、格差の拡大、固定化、再生産。いま一つは、生態系の崩壊や気候変動問題、新型コロナのような新興感染症といったものです。自由で活発な競争環境、効率的な資源配分、イノベーションの創出等、資本主義/市場経済は、わが国の、社会経済活動の大前提です。しかしながら、こうした課題を踏まえて、われわれは、これまでの資本主義の路線を見直す時期に来ていると考えます。(中略)そこで、経団連は、二〇二〇年に『サステイナブルな資本主義』を掲げました。」
そして、こうも述べた。
 「岸田内閣が誕生し、『新しい資本主義』を掲げました。この『新しい資本主義』は、経団連の『サステイナブルな資本主義』と軌を一にしており、非常に時宜を得たものです。」

現代資本主義の危機とわれわれの危機

 十倉が経済学者宇沢弘文の「社会的共通資本」概念に依拠していることもあってか、一部の「左派」や「リベラル派」から好意的評価が聞こえてくる。「財界トップも社会的格差是正と気候変動対策が必要だと認めた」「現状認識は共通だ」。
 はたしてそうか。
 十倉の平板な「資本主義再考」には決定的な欠落がある。社会主義世界体制の存在と階級闘争、資本主義諸国における社会主義、共産主義をめざす闘いと労働運動が捨象されていることだ。第一の危機のケインズ的乗り切りは、かつてのソ連を中心とした社会主義世界体制の圧力のもと、革命への恐怖からくる階級融和策としてとられた。第二の危機の新自由主義的乗り切りは、アメリカ、イギリス、日本のいずれにおいても戦闘的な労働組合運動を叩きつぶしたのちに初めて具体化された。そして現在の「路線の見直し」の基礎には、世界資本主義が利潤率を傾向的に低下させてきたこと、かれらの(われわれのではない!)経済成長が隘路に突き当たっていることがある(図版①参照)。独占資本は新しい「もうけ口」を見出そうと必死だ。
 十倉ら支配階級が骨の髄まで資本主義者、キャピタリストであることを忘れてはならない。
 経団連会長十倉は、岸田内閣「新しい資本主義実現会議」の民間議員でもある。昨年十月の第一回実現会議で十倉は、①われわれの経済活動は資本主義、市場経済が前提であり、まずは成長が重要、②成長に向けて取り組むべき課題は、自然環境、医療、教育など制度資本、いわゆる「社会的共通資本」の構築と、二〇五〇年カーボンニュートラルに向けたGXの推進・デジタル化の遅れに対してのDXの推進だ、と主張した。
 第二次安倍政権下で女性の雇用労働者化・非正規化が拡大し、それに伴って、保育所の「待機児童」問題がクローズアップされたのは記憶に新しい。自民党・公明党連立政権は、公立保育園の増設・拡大で応えたか? 否、独占の求めに応じ、保育所設置基準の引き下げと民間経営の参入拡大、つまり規制緩和プラス民営化の推進によって統計上の「待機児童」解消が図られたのではなかったか?
 十倉が例示した「自然環境、医療、教育」のいずれも、独占が一貫して参入を狙ってきた業種・分野にほかならない。経済学者八代尚宏がまさに今、「『中間所得層を手厚く』という目標のために経済成長は欠かせない。古い規制を緩和して企業の自由な活動を支援すべきだ。医療や介護、農業、ICT分野の成長が阻まれているのも規制のせいだ。」(二一年十二月三日付ダイヤモンドオンライン)と右から主張するのも、そうした文脈からだ。八代は新自由主義者、十倉は修正資本主義者という違いはあるとしても、狙いは同じなのだ。
 そこを見抜けないとすれば、それこそがわれわれの運動の本質的な「危機」だと言わなければならない。

毎年二兆円の政府支出を要請か

 十倉講演には興味深い点がある。DX(デジタル)にはほとんど言及せず、全体の約四割を経団連のGX(グリーントランスフォーメーション)の取り組みの紹介に充てているのだ。理由ははっきりしている。デジタルは、日本企業にとって生産過程を合理化することには結びついても、GAFAM(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル・マイクロソフト)らのようなプラットフォーマーになるか、たとえば仮想空間(メタバース)等を収益化するような新たな飛躍がなければ「もうけ口」にすることは容易ではないからだ。いっぽう、グリーンは、政府の「グリーン成長戦略」で、エネルギー関連産業、輸送・製造関連産業、家庭・オフィス関連産業と成長分野が拡大する見通しとなっているようにきわめて裾野が広いうえに、確実に政府というスポンサーが就く。正真正銘の巨大な「もうけ口」なのだ。(「小さな政府」などと言っている場合ではない!)
 IEA(国際エネルギー機関)は、パリ協定の目標(今世紀後半に温室効果ガス排出量と吸収量のバランスをとる=カーボンニュートラル)達成には、全世界で、二〇五〇年までに約八〇〇〇兆円が必要と試算している。菅義偉(前)政権は二〇二〇年に日本政府として「二〇五〇年カーボンニュートラル」を宣言するとともに二兆円のグリーンイノベーション基金を造成し、これによって二〇三〇年までの約一〇年間、民間の技術革新を支援する仕組みをつくった。しかし、四月二十日のNHKウェブの報道によると、経団連は「二〇五〇年までに必要な投資額は全体で四〇〇兆円に上る。この巨額の民間投資を促すために年平均二兆円の政府支出が必要だ」とする提言を準備しているという。
 そのための新たな財源を、政府・独占はどこから捻出しようとするだろうか。

中国封じ込め政策との関係

 十倉は講演で、経団連は「カーボンニュートラル行動計画」をとりまとめ各業界の自主的取り組みのアクションプランはつくったので、政府には六つの論点(図版②参照)で政策支援をお願いする、と述べた。
 紙幅の都合で一部を論じるにとどめるが、たとえばエネルギー政策では「安定的な電力供給」を口実とする既存原子力発電所の再稼働の問題が、七月参議院選挙後に出てくるだろう。労働問題では、労働移動の円滑化とリスキリング(リ=再び=スキルを身に付けるという意味)の前提の一つとなり得るいわゆる「解雇の金銭解決」(解雇無効時の金銭救済制度)について、四月十二日に厚生労働省の研究会が法技術的論点整理を取りまとめている。
 さらに、岸田政権が、立憲民主党を抱き込んででも経済安全保障推進法の可決を急いでいるのも、今年中に国家安全保障戦略の初改定を行なおうとしているのも、カーボンニュートラルと無関係ではない。カーボンニュートラルの実現に向けては、中国の存在を抜きに語ることはできないからだ。中国は、現時点で、再生エネルギー(太陽光発電、風力発電)製品の生産、輸出、投資で世界トップ、太陽光パネルの生産は世界の七割を占める。電気自動車の販売シェアは世界の六割、電気自動車の基幹部品であるバッテリー(リチウムイオン電池)生産は世界の八割を占めている。輸出入の相手国としての重要性はいうまでもない。日本の独占にとって、アメリカを中心とする対中封じ込め政策との関係も含め、製造業等におけるサプライチェーンの確保やエネルギー安全保障という国家間関係(対立)、外交上の課題は、その利害に直結しているのである。

社会主義だけが解決の道

 『思想運動』二〇二二年三月一日号付録(通巻三〇号)に掲載されたディミトリス‐コーツォンパス(ギリシャ共産党中央委員会書記長)の演説「『グリーン』で『デジタル』な資本主義の野蛮――本当の解決策は社会主義である」は、「グリーン」や「デジタル」といった資本主義の国家戦略の本質をていねいに解き明かしている。
 「EUと加盟国政府、その競争相手であるアメリカ合衆国や中国、ロシア、インドなどは、独占による環境破壊に関して重大な責任がありながら、気候をめぐって『わにの涙』(そら涙)を流し、人民をあざむこうとしている。独占の『緑』の利潤を推進するため、新たな経済負担を人民に負わせるというかれらの共通の方針から人民の目を逸らそうとしている。」
 「EUと各国のブルジョワ政府、その対立諸国が設定する、さまざまな『気候目標』は、新たな利潤を豊富にうみだす分野をめぐるかれらの争いに関する妥協を反映しており、二つの目標を達成しようとするものである。すなわち、蓄積された資本を利潤をうみだす資本投下によって解放することがひとつであり、同時に、既存の資本の一部を減価して破壊することである。これが問題の本質である。」
 「資本主義の成長というものは、『グリーン』であろうとなかろうと、デジタルだろうと従来型だろうと、労働者と人民の権利と必要を粉砕することを前提としている。」
 「社会主義だけが、集中された生産手段と土地の社会的所有、経済の科学的な中央計画に基づいて、人民の必要を満たし、生活水準の向上と労働条件の改善、自然環境への影響の最小化を保障することができるのである。」
 わたしはこれらの分析に賛成する。そして、日本労働運動、人民の運動は、なお後退を余儀なくされているが、なによりも、思想的に支配階級に負けている、と言わなければならない。
 われわれの課題は明らかである。現代という時代についての基本的認識と世界構造の階級的把握を堅持し、つねに、個別具体的な出来事や攻撃を貫く独占資本の狙いを暴露、追及し、社会主義の展望に結びつけていくこと、これである。
 われわれの運動は、なお部分的なものにとどまっているけれども、志をともにする人びととともに学び、協働し、活動領域を広げ闘う過程で、思想的にも組織的にも、運動を強めていこう。
【吉良寛・自治体労働者】