トランプの再登場とその政治
戦争もディールも帝国主義の姿だ
昨年11月に行なわれた米大統領選挙の結果を受け、今年1月にトランプが再度政権の座について以降、世界にはトランプ政治に「翻弄」される報道があふれている。
ソ連邦を中心とした社会主義圏の倒壊によって資本のグローバル化がおしすすめられた1990年代以降、アメリカ合衆国の製造業はより安価な労働力を求めて生産拠点を海外に移転し、5大湖周辺の鉄鋼・製造業はさびれITやバイオテクノロジー産業に取って替わられた。このラストベルト(赤錆地帯)に象徴されるアメリカ合衆国の衰退を盛り返そうと強烈にアピールして当選を果たしたトランプ。かれを政権の座に押し上げたものは、各国別購買力平価に如実に現われている欧米帝国主義の衰退と、それに取って代わるように上昇してきたBRICS加盟国に代表される新興諸国の台頭という世界構造の大きな変化に対する危機意識であったといえる。
かれは「アメリカをふたたび偉大に」(MAGA:Make America Great Again)を目標にし、その手段として「アメリカ第1主義」(America First)を掲げて、大統領令を乱発して矢継ぎ早の行動を取っている。その代表的なものを挙げるなら、①各国の輸入品に高関税・相互関税(中国の輸入品に145%の高関税、その後115%下げる)をかけ、②軍事負担の放棄とディール(取り引き)による応分負担の要求、「力による平和」の実現、③メキシコ国境地域に国家緊急事態を宣言して国境警備隊を配置、「不法」移民の強制送還、④イーロン‐マスク率いる政府効率化省を設置して政府職員を大量解雇、⑤パナマ運河を取り戻す、グリーンランドの買収計画、パレスチナ・ガザ地区を中東のリビエラに、カナダを合衆国の第51州に、メキシコ湾を「アメリカ湾」に改称、中華人民共和国の呼称を「中国共産党」に変更、⑥「多様性、公平性、包括性(DEI)」政策を廃止し、性は男性と女性の2つだけ、⑦グリーンニューディール政策を廃止し、パリ協定・WHO・国連人権理事会から脱退、⑧コロンビア大学やハーバード大学などに介入し補助金凍結、イスラエル軍のパレスチナ人虐殺に抗議する学生リーダー拘束、留学生受け入れ禁止措置など、これらが国内外を混乱に陥れている――これが大方の観方だろう。
そのいっぽうで、バイデン前政権では考えられなかったロシア・ウクライナ戦争の停戦を仲介するトランプの言動をみて、トランプなら何かをやってくれそうだ、と期待をかける人びともいる。戦後資本主義世界のエスタブリッシュメント(社会的に確立した体制・制度)の破壊者のように映る傍若無人のこの振る舞いに共通して貫徹されているものは損得勘定、要するに金儲けである。
苦い思い出と教訓
この金儲け主義で、筆者には苦い思い出がある。それは、第1次トランプ政権のときすすめられた朝米首脳会談である。周知のように、この会談は2018年6月にシンガポールで、翌19年2月にはベトナムで2次にわたって行なわれたが、朝鮮半島の非核化をめぐり朝米間のミゾが埋まらず、会談は中止された。当時、筆者は18年2月に開催された平昌冬季五輪への朝鮮側選手団の参加で醸成された南北交流の気運にのって行なわれた4月の南北首脳会談開催に継いで、史上初めて行なわれた朝米首脳会談に期待して、本紙に次のように書いた。《われわれは、先の4・27南北首脳会談の板門店宣言につづき、朝米間でも朝鮮半島の和平に向けた朝米共同声明が発表されたことに対して歓迎するものである。そして、この二つの宣言・声明にもとづいて、朝鮮半島の戦争状態の終結と平和・非核化にむけた諸課題の履行が行なわれること、それらの平和体制構築と連動して南北朝鮮の自主的統一にむかって南北朝鮮人民が力強く動き出してゆくことをこころから願う。それとともに、その歴史のあゆみを逆行させようとするあらゆるたくらみに対して、世界の平和愛好勢力と団結して闘っていく意思を表明する》と。文の見出しは《過去と決別し新しい出発を知らせる歴史的文書/朝米共同声明の発表を歓迎する/世界人民は重大な変化を目撃できるように力を尽くそう!》となっていて、見出しのなかにある「重大な変化」とは、金正恩委員長が朝米共同声明に署名した後、取材の記者団に「世界は重大な変化をみることになるでしょう」と語ったことに基づいている。この文と見出しに明らかなように、筆者はこの会談の成功に期待をかけた。朝米会談が頓挫した後、在日朝鮮人の先達と懇談する機会があり、かれは言った。「そうは言っても、かれらは帝国主義だから」と。
昨年7月23日、11月のアメリカ合衆国の大統領選で民主・共和両党の候補者が固まった時期に、朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮中央通信社は論評を発表し、この間の朝米関係を総括して次のような結論をくだしている。《「対朝鮮敵視」という風土病にかかった対決狂信者らが猫なで声を口にするのは、わが国家の精神的・心理的弛緩を誘導して圧殺野望を容易に実現しようとする下心から発したものである。不純な企図が潜んでいる対話、対決の延長としての対話はあらかじめする必要がない。われわれは、数十年間にわたる米国との関係を通じて、対話がわれわれに何を与え、何を失うようにしたかを骨身にしみるほど十分に体感した。(略)トランプが大統領を務めた時、首脳間の個人的親交関係をもって国家間の関係にも反映しようとしたのは事実であるが、実質的な肯定的変化はなかった。公は公、私は私と言われるように、国家の対外政策と個人的感情は厳然と区別すべきである。》と。
ここで表明されている朝鮮側の総括には、われわれがいかにトランプ政治に対処すべきなのかの教訓が示されているように思う。それを考えたい。
「国難」に騙されるな
トランプ政権の相互関税措置が発表された4月2日、世界的な株安が進行し、この日を前後してトランプ政権との関税交渉を求める国が殺到した。2024年の日本から米国への輸出総額は21兆3000億円で、米国は日本の輸出相手国1位に位置する。そのうち自動車と自動車部品は3分の1を占めているため、首相石破は「国難とも称すべき事態」と叫んで「国益を守る」ために超党派の党首会談を呼びかけ、野党もこれに応じている。
事前に特使として派遣された経済再生担当相の赤澤はホワイトハウスのトランプと対座して、あの赤い「MAGA帽」を被って両手で「グー」サインをして、「どうか、わが国だけは(関税から)除外して」と哀願したが、それも叶わず24%の相互関税がかけられることになった。そのため、今度は双方が「ウイン・ウインになる」方策として、地球温暖化で需要が見込まれる砕氷船の建造や米軍艦の補修など造船業での協力が検討されるなど、トランプに気に入られる投資先を探すのに余念がない。
だが、この「国難」はわれわれ労働者にとっての厄災だろうか? けっしてそうではない。「国難」はブルジョワジーにとっての厄災であり、その厄災を労働者に転嫁しようとする攻撃には断固闘うだけである。それは日本の労働者だけではなく世界中の労働者にとっても共通の課題であり、供給網が世界中に張り巡らされているために関税競争がブーメランとなって跳ね返ってくるアメリカ合衆国のIT産業をはじめとする大企業のもとで働く労働者にとってもそうなのである。じっさい、国内ではトランプ関税に便乗して日産自動車は世界の生産工場で2万人の人員削減を発表しているし、パナソニックも国内5000人、海外5000人の営業・管理部門の削減を打ち出した。自動車産業各社は昨年高収益を上げながら、これ以降は見通しを見送る会社が続出している。このような大企業と下請け関係にある膨大な数の中小・零細企業では今後いっそう過酷な労働者攻撃(倒産、首切り、賃下げ、労働条件切り下げ等々)が展開されていくであろう。関税競争が激化すれば、こうしたことがあらゆる国と地域、産業分野で起きてくる。各国の支配階級が叫ぶ「国難」あるいは「国益」キャンペーンに乗せられてしまえば、各国の労働者人民は権利の主張を止め自己犠牲を受け入れ、労働者同士がより厳しい「競争」を強いられていく。労働者の階級的な思想、国際連帯の思想が問われているのだ。
戦争止めよう!
トランプはさらに日米安保体制にも不満を漏らしていることが報じられている。NHKによれば3月6日、トランプはホワイトハウスで記者団に対し、ヨーロッパのNATO加盟国の軍事費について「全く不十分だ」「かれらが払わないのなら、わたしはかれらを守らない」と述べ、また日本についても「日本との間には興味深いディールが存在する。われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない。いったい誰がこんなディールを結んだのか」と述べて、日米安保条約の内容が不公平だという認識を示したという。翌7日、これに首相石破は参議院予算委員会で「日本はアメリカを守る義務は負わないが、基地を提供する義務を負っている。それがどれほど重要な意味を持つかなどは、きちんと話をしていかなければならない」と発言し、官房長官林にいたっては、この石破発言を補強して「日本を守るため日米はあらゆる事態に対し、切れ目なく互いに助け合うことが可能となっており、わが国として主体的に防衛力の抜本的強化を進め、同盟のいっそうの強化のために緊密に連携していく」(4月11日)とまで述べ、この間、自公政権が憲法のしばりを無視してつくり上げてきた集団的自衛と敵基地攻撃能力の強化を強調した。
しかし、石破も林も「基地提供の義務」を負って米軍基地が日本にあるために、どれほど沖縄をはじめ日本の人民が米軍人・軍属による性犯罪や交通事故、騒音、環境破壊などによる被害を被っているか、そのことには口をつぐんで一言半句も言及しない。この国の為政者たちはいったいどこを向いているのか!
このトランプの日米安保不満発言は、今後、日本に対する軍事費増額(NOTO加盟国に要求しているGDP3%並みの増額)をはじめとする戦争国家化への布石であろう。5年で47兆円の軍事費増額が物価高騰であえぐ労働者・人民の生活に大きくのしかかっている。トランプはそれをさらに加重しようとしているのだ。さらにかれは、双務的な日米安保体制への転換も求めてくる可能性が高い。これは昨年の自民党総裁選のとき、石破が米シンクタンクのハドソン研究所に提出した寄稿文の内容とも合致する。
こうしたなかで、海兵隊員あがりの米副大統領バンスは5月23日、米海軍士官学校の卒業式で、イラク戦争、アフガニスタン戦争を念頭において「米国の中核的な国益にほとんど役に立たなくても、国づくりや外国への干渉と引き換えに国防と同盟関係を維持する外交政策が長い間実験されてきた」とした上で、「未確定の任務も、終わりのない紛争も、もうたくさんだ」と述べたことを通信社「ロイター」が伝えている。これは、米歴代政権が取ってきた「関与と拡大」政策を大きく転換する前触れのように見える。このバンス発言に先立って5月2日、米国防長官へグセスは国防次官コルビー(政策担当)に2025年国家防衛戦略(NDS)の策定を開始するよう指示している。NDSは米国防総省の戦略的ロードマップで、トランプが掲げる「アメリカ第1主義」と「力による平和」実施の方向性を提示するものになることが想定される。NDSの策定期限は8月31日で、如上のバンス発言の具体がNDSでどのように出てくるのか、われわれは注目したい。
この原稿を執筆しているいまも、日米比韓4国の海兵隊(日本は長崎県佐世保市の相浦駐屯地に拠点を置く陸上自衛隊の水陸機動団)を軸とするフィリピンでの実動訓練「カマンダグ25」が5月26日から6月6日までの日程で繰り広げられている。陸上自衛隊のニュースリリースによれば、「フィリピン共和国における米比海兵隊との共同訓練に参加し、水陸両用作戦能力を活用した災害救援能力の向上を図る」ことが目的とされているが、アメリカ合衆国の「最大のライバル国」中国を包囲する4か国の実働訓練に他ならない。「島嶼防衛」を口実にした九州各地から琉球弧の島じまにつながる軍事要塞化の強化と併せて、周辺同盟国・同志国との軍事訓練は「切れ目なく」強行されているのだ。これに対し、さる5月13日、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は軍拡に突き進む日本を非難して以下のような指摘を行ない、われわれに警鐘を鳴らしている。《日本は陸上、海上、航空自衛隊を一元的なシステムに従って総合的に指揮する統合作戦司令部を正式に発足させた。米国も在日米軍司令部を統合軍司令部に改編して日本との軍事一体化を実現しようとしている。近いうちにこの二つの実体が一つになり、米日の軍事作戦指揮システムを一体化する米日統合司令部が出現することになるだろう》と。
こうしたなかでこの度、沖縄・西日本各地の反戦・平和運動組織が横につながり結成をみた「戦争止めよう! 沖縄・西日本ネットワーク」の意義は大きい。その結成に尽力したメンバーが6月6日、東京で政府交渉を行ない、翌7日には市民交流集会を開催する(関連記事3面)。関東1都6県の読者にもこの行動への参加を呼びかける。
トランプが繰り出す「金儲け第1主義」の斬新さに目を奪われてはならない。戦争もディールも帝国主義の姿なのである。繰り返すが、問われているのは、労組反戦メーデーに参加した労働者たちが訴えているように(関連記事3面)、労働者の階級的な思想、国際連帯の思想、そしてその実践なのである。
【土松克典】
(『思想運動』1113号 2025年6月1日号)
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