石破退陣と自民党総裁選から見えるもの
戦争国家化、排外主義の拡大にNOを

参院選挙での大敗を受けて、石破茂首相が9月17日に退陣を表明、10月4日に自民党総裁選挙が実施される。この間「辞任する必要はない」が、「辞任すべき」を上回るという世論調査の結果もあり、首相官邸前では「石破辞めるな」デモが複数回行なわれた。自民党内旧安倍派を中心とした右翼・保守派の「石破おろし」に対する警戒心からであろうが、判官びいきも甚だしい。
石破の約1年間の在任期間中に評価できる点があったというのだろうか。石破は物価高騰に苦しむわたしたちの切実な願いである消費税減税を一貫して否定してきた。裏金議員をかばい続け「政治とカネ」の問題は1ミリも進んでいない。「企業・団体献金で政治がゆがめられたことはない」と強弁して、その禁止に反対し続けた。さらに、積極的姿勢を示していた選択的夫婦別姓制度導入も、首相就任後に態度を一変させた。

急速に進む戦争国家づくり

その一方で邁進したのは大軍拡の道だ。2月のトランプ大統領との首脳会談では防衛費の国内総生産(GDP)比2%以上を約束した。すでに政府は安保三文書のひとつ「防衛力整備計画」で、5年間で43兆円もの軍事費を投じることを決めている。2026年度予算の概算要求額は本年度予算と比べて約1500億円増、過去最大の8・8兆円にのぼった。それもトランプが要求するGDP費3・5%を受け入れるとなると、実に21兆円という途方もない額となる。
有事への対応を強化するとして、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有につながる国産長射程ミサイルや、攻撃型ドローンをはじめとする無人アセット(装備)の取得費も盛り込んだ。攻撃型ドローン数千機に1287億円、イージス・システム搭載艦の整備などミサイル防衛関連費として5173億円、英国・イタリアとの三国で進める次期戦闘機の共同開発に2066億円を盛った。
南西諸島では那覇駐屯地の陸上自衛隊第15旅団に石垣・宮古島両駐屯地の警備隊を組み入れ第15師団に格上げ、人員を現状の約1・7倍の規模に増やす方針だ。
かつてない勢いで戦争国家化が進んでいる。9月11日から25日にかけて沖縄・九州を中心に北海道を含め全国8道県で行なわれた米海兵隊と陸上自衛隊による最大規模の共同訓練「レゾリュート・ドラゴン25」は、昨年の倍以上の1万9200人を動員して実施された。「対中国」を念頭に長距離ミサイルを含む日米のミサイル網を大量動員する危険な訓練である(2面参照)。同時期には日米韓共同訓練「フリーダム・エッジ25」も行なわれた。東シナ海や同空域などで海空・サイバー領域を含む複合的な作戦訓練だ。
防衛省は、9月12日、北海道千歳基地の航空自衛隊のF15戦闘機を英国などに展開し部隊間交流を図ると発表した。空中給油機も派遣する。同16日、陸上自衛隊と米・豪の陸軍による軍事訓練が新潟県の上越市と妙高市にまたがる関山演習場で24日まで実施された。さらに米軍は山口県岩国基地で、大きな騒音を伴う戦闘機などの離着陸訓練を17日から25年ぶりに開始した。自衛隊はこれら以外にもフィリピン、カナダ、インドネシア、英、仏をはじめとしたNATO諸国などと二国間・多国間での合同軍事演習を常態化させている。中谷元・防衛相は9月8日、日本の防衛相としては10年ぶりにソウルを訪問し、韓国の安圭伯国防相と会談した。
また防衛省の有識者会議は、19日の提言で原子力潜水艦保有の検討を示唆しているし、海上自衛隊の横須賀地方総監部は最大の護衛艦「いずも」の空母化工事を本格化すると発表、今後は2番艦の「かが」とともにF‐35B戦闘機の運用が可能、事実上の軽空母とする予定だ。
途絶えることのない戦争と、大量の兵器の生産・販売・使用を繰り返す戦争ビジネスは、資本主義体制を維持するためのものだ。9月9日、国連のグテーレス事務総長は、記者会見で世界の軍事費は昨年から9%以上増え、過去最高の2兆7000億ドル、日本円にしておよそ398兆円に達したと発表した。
発展途上国の安価な労働力と豊富な資源を収奪することで拡大し続けた先進資本主義社会は、BRICSやいわゆるグローバルサウスの台頭に示される世界構造の変化のもと、いまや行き詰まりを見せている。この趨勢に逆らって、帝国主義勢力はなんとしてもこれまでのみずからの強奪的な搾取のシステムを維持延命させようと、より暴力的になっている。そして日本資本主義国家は、その重要な一員として存在している。

「外交の勝利」なのか

石破首相は退陣の意向を表明した9月7日の記者会見で「米国との関税交渉に一定の区切りがついた」と述べたが、とても成果を上げたとは言いがたい。日本のメディアは「自動車に対する25%の関税を15%に削減した」「外交勝利」などと持ち上げたが、共同声明には日本が負う「義務」がずらりと並んだ。米国産コメ調達の75%増加、米農産物を年約1・2兆円追加購入、このほか米ボーイング社製航空機を100機購入、米国の防衛装備品や半導体の年間調達額を数十億ドル増、などが列挙された。さらに日本からアメリカへの約80兆円の莫大な投資を押し付けられた。投資先も米国が選択できるという枠組みだ。それも民間主導ではなく国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)の保証付きなど公的資金による投資なのだ。これがやがて日本の政治・経済・財政を圧迫し、今以上の大軍拡、農業破壊、物価高、増税となって日本の勤労人民を苦しめるのは必至ではないか。
総裁選をめぐっては、なんの反省も目新しさもないメンバーが、性懲りもなく、「2030年までに賃金100万円増」「中選挙区制の再導入」「岸田・石破政権の継承」、はては「スパイ防止法」制定などを主な政策に掲げ、これがまたもや「劇場型」の選挙報道として展開され、人びとにいっそうの政治不信をばらまき、同時に真の問題点から目をそらす役割を果たしている。誰が選ばれようと、このままでは、自民党の、西側帝国主義の世界戦略に沿った人民生活破壊、戦争国家化の路線は継承される。

スパイ防止法の制定を許すな!

先の参院選では外国人バッシングや排外主義が横行した。特に参政党は「日本人ファースト」を掲げてヘイトを煽った。急伸張した参政党が制定をめざしているのが「スパイ防止法」だ。
スパイ防止法は先に述べた戦争国家化と分かちがたく結びついている。かつて自民党は1985年にその系譜にある国家秘密法を国会に提出した。当時の中曽根首相は「日本はスパイ天国」と法整備の重要性を訴えたが「国家秘密」の中身が無限定に広がり、取材報道の自由や市民生活を脅かすものだとする反対の声が広がり廃案に追い込むことができた。しかし第二次安倍政権の2013年、特定秘密保護法を自公が強行するのを許してしまった。だが同法はいまだ限定的な法律ではある。そして忘れてはいけないことは、1985年に自民党が「国家秘密法案」(スパイ防止法案)を提出したとき、統一協会(世界平和統一家庭連合)と一体の勝共連合が署名・請願運動を熱心に展開したことだ。そしてその流れが安倍一強体制を支えてきたのだ。
現在スパイ防止法制定を目論んでいるのは参政党だけではない。自民党の参院選公約に
も「諸外国と同レベルの安全保障を確保するため、国家情報戦略やスパイ防止法の導入に向けて検討を進める」と明記されている。国民民主党、日本維新の会、日本保守党も同様のスタンスだ。選挙後に検討を始める動きもある。戦争につながる稀代の悪法の復活を許してはならない。
なぜ参政党のような排外主義政党が支持を集めるのか。それは、社会の根底に新自由主義路線による人びとの生活苦や希望の喪失があるからではないか。本当の敵は資本主義体制にあるにもかかわらず、みずからの境遇を嘆くあまり「外国人は優遇されている、そのために自分たちが割りを食っている」というフィクションにのせられる。
同時にそこには、新自由主義(格差と貧困の拡大、金持ちを絶対に有利にさせる政策の徹底、そのためには人民生活の困難の改善には手をつけず戦争準備・軍事大国化に莫大な金を費やす資本主義体制)と明確に対決する野党や労働組合の姿か見えないこと、とりわけ資本主義システムとの思想的闘争を避ける態度への失望があるのではないか。なにせほとんどの野党や労働組合が政府の防衛政策に沈黙を守るか、それを支持し、軍事費を削り人民のために使えとは言わない状況がある。
ウクライナ戦争、パレスチナでのジェノサイドの終わりが見えない状況で、東アジアでも戦争の緊張がいまだかつてなく高まっている。
戦争と平和の問題は全世界の労働者が、どういう出自であっても、どこに住んでいても手をつなぎ団結していくべきことを教えている。われわれは、平和を求め、労働者が搾取され続ける根本原因=資本主義を乗り越える闘いをねばり強くつくりだそう。

【藤本愛子】
(『思想運動』1117号 2025年10月1日号)