労働時評
労基法改悪を狙う労働政策審議会の危険な動向
――それは最低基準を単なるガイドラインに変質させるもの

2018年の労働基準法改正(いわゆる働き方改革関連法)は時間外労働に初めて法定の上限時間を定める一方、高度プロフェッショナル制度を導入した。その附則で「施行後5年を目途の見直し」が定められていた。
これを受けて厚生労働省は2021年に「これからの労働時間制度に関する検討会」(有識者)、2023年に「新しい時代の働き方に関する研究会」(有識者と経営者)、2024年に「労働基準関係法制研究会」(有識者)と逐次の検討を進めてきた。これらを踏まえ、労働基準法の次期改正に向けた審議が労働政策審議会労働条件分科会(公労使三者構成。以下「分科会」という。)で進行している。主な論点は「労働者」「事業」「労使コミュニケーション」そして「労働時間法制」で、いずれの論点でも労資は鋭く対立している。
1月21日から6月16日まで8回の会議で審議は一巡し、8月29日以降、中間とりまとめと二巡目の審議が始まった。論点「労働者」については5月に有識者による「労働基準法における『労働者』に関する研究会」が別途設置され、プラットフォームワーカーの出現など新たな働き方を踏まえた労働者性の判断基準見直しが検討されている。

労働時間規制緩和へ攻勢強める政府・独占

この国の労働時間規制の取組みは逆風のもとにある。7月参院選では人口減少や人手不足を理由に「働きたい改革の推進」(自民党)、「働きたい時にもう少し働ける社会へ」(公明党)など労働時間拡大を公約する動向が現われた。日本経済団体連合会(経団連)等は一貫して労働時間規制の緩和、とりわけ裁量労働制や高度プロフェッショナル制度の拡充を求めている。
分科会では、規制強化である法定労働時間の特例(週44時間)の撤廃や13日を超える連続勤務の禁止が議論されているものの、抜本的な労働時間の引下げ(フランスは週35時間)や時間外労働時間の上限のさらなる引き下げは議論の対象にすらなっていない。裁量労働制についてはなお平行線だが公益代表の顔ぶれは労側に有利とはいえない。さらに、兼業・副業の場合の割増賃金規制は不要とする方向だ。
そもそも法定労働時間(週40時間・一日8時間)は上限だ。その適用除外(例外)を労使で集団的に協定する仕組みが労基法36条に基づく36(サブロク)協定である。協定を結ぶことができるのは当該事業場の過半数代表である。労働者の過半数を組織する労働組合(過半数組合)があれば過半数組合が過半数代表となるが、過半数組合がなければ、労働者の過半数を代表する「過半数代表者」を選任しなければならない。
労働基準の例外・解除を認める手続きとしての過半数代表の規定は労基法制定時(1947年)には36条(時間外・休日労働)と90条(就業規則に関する意見聴取)の二つだけだったが、とりわけ1985年の労基法改悪以降顕著に拡大し、労基法だけでも19、労働安全衛生法など労基法以外を含めると40を超えている。(主なものは表を参照。)
そもそも過半数代表が必要になるのは資本の側が労働者に労働基準(最低基準)を下回る例外を押し付けたいときだけなのだが、過半数組合がない場合の過半数代表者選出の手続きに不正や不備が少なくないことはよく知られている。しかし分科会の「労使コミュニケーション」の議論では、その対策よりもむしろ「法定基準の調整・代替」=適用除外をやりやすくする条件整備こそが意図されている。

「労使コミュニケーション」で団結権を侵害

説明の補助線として、現在JR東日本で起きていることを概説しよう。
JR東日本では長らくJR東労組(旧動労)が、職場の8割、組合員4万7千人(2018年当時)を組織してきた。2018春闘で提案された賃金改悪に反対してJR東労組が分割民営化後初めてのストライキを計画したところ、会社は労使共同宣言の失効を通告して組織の切り崩しを始め、組合員の大量脱退が進んだ。現在は4千人弱。その直後から各職場で親睦団体「社友会」が発足し、18年4月の36協定は社友会を過半数代表者として締結され、以後繰り返されている。社友会の多くは労働組合員の加入を拒んでいるという。
さらに見過ごすことができないのは、会社が社友会、すなわち団体交渉権、労働協約締結権、争議権など労資対等を担保する法的保障のない社員集団を労働条件にかかわる情報提供の優先的な相手方、「経営のパートナー」(喜㔟陽一社長の表現)として育成し利用していることだ。(以上は『東洋経済オンライン』に不定期連載の西岡研介のルポによる。)
「労使コミュニケーション」の議論に戻ろう。1月21日の分科会で「新たな制度やバリエーションを増やしていくことを検討すべき」「過半数労働組合がない事業場でも、恒常的かつ実質的な形で労使コミュニケーションを行なっている実態があれば(労働者集団と使用者との合意と労働契約の規律との関係を)制度として認めていくべき」と主張したのは佐藤委員(JR東日本千葉支社部長)だった。
かれらが狙っているのは、過半数労働組合が存在しない場合をデフォルトとし、会社側に都合のよい社員組織等を過半数代表者として労使協定の相手方に据えやすくすることに加え、労使(?)協議を行ない労働協約を締結できる相手として法認することだ(労使協定と労働協約は法的にまったく異なることに注意!)。経団連が24年1月に「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」で「過半数組合がない企業の労使における意見集約や協議を促す一助として、新しい集団的労使交渉の場を選択的に設けることができるよう、『労使協創協議制』の創設を」と政府に提言していたところにもその意図は示されていた。この国の労働組合組織率の低迷を利用した狡猾な団結権侵害にほかならない。

労働基準を実質化する大衆的な闘いを

政府・独占の狙いは労基法の「最低労働基準を強行法規で労資に守らせる」法規範を解体し「適用除外の労使合意があれば下回ってよい」単なるガイドラインに変質させる攻撃だ。同時に、独占が、連合傘下の労資協調的な・ビジネスユニオニズムに立脚する労働組合ですら忌避しようという志向、衣の下に「労働組合つぶし」という鎧を身につけていることもいよいよ明白だ。連合、全労連、全労協、中立のあらゆる労働組合、労働者が一丸となって、進行する労基法改悪の狙いを暴露し、これを許さない闘いをつくりあげていかなければならない。
それとともに、法定労働時間を原則どおり守らせる思想と行動が、おおかたの日本の労働組合運動、労働者にきわめて弱かったことが資本の側をつけあがらせてきたことを、われわれ労働組合活動家は改めて認識しなければならない。最低賃金はこれを下回る賃金は許されない。適用除外はない。当たり前だ。しかし労働時間については、そういう感覚、権利意識、そして運動をわれわれはつくり出すことができていない。
「法律を守れ」と呼号するだけではなく、職場の第一線の労働者がみずからの・仲間の権利の実現のため立ち上がり、団結して、最低基準あるいは労働協約の獲得水準を日々職場で守らせていく大衆的な闘いをつくり出すことにより「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」(労基法1条2項)という規定を実質化・実現していこう。
 【吉良寛・自治体労働者】
  労働基準法の主な「調整・代替(適用除外)」規定

・強制貯金の例外(18条第2項)
・賃金全額支払いの例外(24条第1項)
・1か月単位の変形労働時間制(32条の2第1項)
・フレックスタイム制(32条の3第3項)
・1年単位の変形労働時間制(32条の4第1項)
・休憩一斉付与の例外(第34条第2項ただし書)
・事業場外みなし労働時間制(38条の2第2項)
・専門業務型裁量労働制(38条の2第1項)
・企画業務型裁量労働制(38条の4第1項)※
・高度プロフェッショナル制度(41条の2第1項)※

    ※導入のための労使委員会の委員の指名
 (『思想運動』1117号 2025年10月1日号)