「慰安婦」問題はなかったとする反動的時流に抗して
天皇の軍隊の戦争犯罪を断固追及し続けよう

『朝日新聞』は、8月5日・6日の二日間にわたって「慰安婦問題」を二面見開きで特集し、過去の報道についてみずから検証して一部の記事を訂正した。このことで「慰安婦問題はなかった」とする右派の勢力は歓喜し、異常ともいえる「『朝日』朝日バッシング」を現在繰り返している。とくに『産経新聞』は、これまで「慰安婦問題」について『朝日』批判を中心に荒唐無稽な論理で不快極まりない報道を続けてきた。『朝日』が「信憑性のない吉田清治氏の証言を報道したこと」と「慰安婦と女子挺身隊の混同」を訂正したことで「慰安婦」制度自体も捏造であるかのようなキャンペーンを張っている。日本の全国紙のなかでも影響力が大きいとされる『朝日』が、今回の訂正によって右翼新聞に屈服したかのような印象が日本社会に定着し、「慰安婦問題」の重要性がそがれることになればそれこそ右翼の思うつぼだ。
 日本軍性奴隷制(日本軍「慰安婦」制度)問題が国際的な運動に拡がっていったのは、石破自民党幹事長が言う『朝日』の報道がきっかけではもちろんない。韓国の37の女性団体が結集してつくられた韓国挺身隊問題対策協議会(挺隊協)の初代代表であった尹ユン貞ジョン玉オクさんらの調査研究活動と、そして1991年8月に「慰安婦」制度の被害者であった金キム学ハク順スンさんの証言によるものだった。衝撃的な慰安婦制度の実態が世界各国に報道され、その年の12月、金さんは挺隊協に支えられ日本政府を相手に損害賠償請求訴訟を行なっている。被害者たちが日本政府を被告にして起こした裁判は10件に及んだ。
 90年代の国連での勧告や挺隊協の活動を通して国際社会では日本軍「慰安婦」制度が国際人道法違反の「性奴隷制」であり、日本政府に法的責任があることが定着したにもかかわらず、日本政府は「慰安婦」問題の法的責任は65年の日韓請求権協定で解決済みとする態度をくずさない。金学順さんの名乗り出から23年。日本政府の態度は一貫して変わらない。国際社会と日本政府とのギャップはますます広がっている。今年の7月に行なわれた国連人権規約委員会で「慰安婦を性奴隷と呼ぶことはふさわしくない」との発言を日本政府は繰り返し、委員会で「慰安婦」問題をとりあげたマジョディナ委員を日本政府支援の団体が取り囲んで糾弾するなど常軌を逸した事件を起こした。
 6月20日に安倍政権は「河野談話」の検証報告を公表した。「河野談話」作成にかかわった石原信雄元官房長官が、2月20日の衆院予算委員会で「河野談話」の作成過程で「韓国側と文言のすり合わせがあった、元「慰安婦」16人の証言の裏付けをとらなかった」という証言をした。それの検証をすること自体が「河野談話」見直しを狙うものであるはずだったが、『世界』9月号で吉見義明氏が「今回の検証報告では、総じて『河野談話』の内容が否定されたのではなく確認されたのだから、また、首相は閣議決定をへてこれを継承すると述べているのだから政府はそれを行動によって示さなくてはならない」と日本政府に釘をさしたように、結果として「河野談話」を守るものになった。右派は、検証結果に触れなくなった。
 日本政府が被害者に対して法的責任をとらず、謝罪・賠償できないのは、アジア各国への植民地支配・侵略を認めていないからであることは、アジアをはじめとして各国で定着している。日本政府は、実質上、戦前からの軍国主義、民族差別、植民地主義を現在も継続している。2000年に開催された女性国際戦犯法廷では、日本軍性奴隷制度は天皇の軍隊が行なった犯罪であり、天皇と日本国家にたいして責任を鋭く追及した。憲法破壊策動、戦争ができる国への幅広い思想攻撃のもとで、現在では天皇制について語ることや、報道があまりにもタブー視されている。「慰安婦」問題は天皇制の問題に直結しているにもかかわらず、時が経るにつれ天皇の責任追及が影をひそめている。
 この背景には、日本の戦争に向かう体制強化と右翼による運動当事者への執拗な脅迫と攻撃がある。日本軍性奴隷制問題の解決を阻むものは、戦前のような天皇を頂点とした軍国主義化であり、それに対して抵抗しえない日本社会である。
 「慰安婦問題は過去のできごと、いつまでもとらわれるな」という安倍政権の思惑が日本社会に浸透しつつあるいま、「慰安婦」問題のできうる限りの解決に向けてその事実認定と責任を求める運動の広がりが急がれねばならない。【倉田智恵子】

(思想運動 942号 2014年9月1日号)