大阪ダブル選挙の敗北を考える
経済停滞への不満を「大阪維新」が収攬


橋下に期待寄せる府民感情の背景

 大阪は三大都市圏の中でも景気の落ち込みが最も激しい都市だ。大阪市では単身世帯は50%に近く、生活保護世帯が、総世帯数の3.4%である。大阪市の生活保護世帯は全国一だといわれて久しい。大阪に本社を置く大企業はほとんどなくなった。唯一残ったシャープは今倒産のがけっぷちにいる。失業率も高く、非正規労働者や不安定雇用の労働者が都市住民の大部分を占めている。20年間にわたって関西圏は、このような日本の長期停滞の矛盾の吹き溜まりとなってきた。これまでの自民・公明の連立与党の政策では、大阪の景気浮揚は望めない。何か奇手でもよいからこの窮状から救い出してくれる人はいないのか。これが大阪市民の漠然とした長い間の鬱屈した気持ちではなかったか。
 グローバル化のなかでの日本の長期停滞に根源的な原因を持っている大阪の景気低迷の現実を生きる庶民にとって、橋下の登場は「何かやってくれる」という期待を抱かせてくれるものであった。2008年に橋下が大阪府知事として登場したときに、リーマンショックが世界を震撼させた。この世界恐慌は中小企業の町大阪を叩きのめした。日本でも最大を誇る中小企業の町―東大阪市の零細企業の数は最盛時の半分にまで落ち込んだ。大企業の下請け、孫請けの受注生産に頼っていた東大阪市の中小企業は大企業の海外進出によって注文を失い、大企業を追いかけて海外進出できる企業はすでに出てしまった。吹き溜まりの弱小企業にとって08年の世界恐慌はダメ押しの一撃になった。中小企業の雇用も大きく失われてしまった。この20年の人口の流出は職を求めて大阪を人びとが脱出していったその結果である。関西圏の中小企業主も、そこに雇用されている労働者も明日は職があるかないかわからないという日々を送っている。
 このようなときに橋下が大阪府知事に当選して、高給を取って安定した身分の公務員を粛清してくれた。かれらの給料を強引に引き下げ、公務員労働組合の事務所を庁舎から叩き出して、頭をどやしつけてくれた。起立して君が代を斉唱することを強制した「君が代起立条例」や「職員基本条例」といった憲法違反の条例を作って公務員を萎縮させ、財政再建の名目で、高尚ぶった赤字を垂れ流す文化行政を切り捨てて交響楽団や、文楽への補助を切り、児童文学館をつぶしたではないか。橋下ならもっと何か荒療治をやってくれる。何かはわからないが、かれなら何かやってくれそうだ。このような漠然とした期待は今も大阪府民の中に根強く残っている。

「改革政党」のイメージを押し出して

 一方、大阪府の職員組合は労働委員会への不当労働行為の申し立てを行なって橋下の攻勢に対抗した。その結果、橋下は中央労働委員会の裁定を受けて、組合事務所を市庁舎に戻す、というところまで譲歩している。すでに、大阪府、市の労働組合を恫喝し、その活動力を奪うという当初の目的を達成したのだからいったん妥協するというのが橋下のスタイルである。われわれの側からこれをとらえ返せば、中央労働委員会の裁定を生かして「橋下・維新」の組合破壊、人権蹂躙批判の手を休めてはならない。橋下市長による不当労働行為と非妥協的に闘うことが必要である。
 橋下と闘うためには、「九条の会」のような憲法を守る立場から、維新の会に対抗する市民の運動ともつながって、労働組合としての基本権を基本的人権という最も基底となる主張からラジカルに闘いとるという姿勢が必要不可欠になる。
 今回の大阪府・市のダブル選挙で「大阪維新」が使ったビラに象徴されているように、大阪市民の中には「維新」=現状打破、革新政党というイメージは今も生きている。橋下はこのような荒療治というパフォーマンスの裏で大阪府の公務員労働者の賃金を大幅に引き下げることに成功した。就任直後の大阪府職員への第一声が「君たちは赤字企業の職員なのだ。民間ならとっくの昔に失業している」だった。右翼街宣車の怒号と、マスコミによる「親方日の丸」のイデオロギー攻勢に、大阪府の職員組合は賃下げに何らの抵抗も組織することなくずるずると後退を強いられた。地方では公務員賃金はその地方の労働者賃金の指標でもある。この引き下げに成功したことは中小企業主にとっては力強い援軍と映った。中小企業主が維新の支持基盤の一つだということにも根拠がある。
 この維新に対する側の自民党は、栗原自民党候補が「他に出る者がいなければ、やむをえないので立候補しますよ」といった姿勢をマスコミに当初から流していた。しかもその主張は目新しいものは何もない従来の路線の踏襲というものであった。一方、大阪維新は「住民投票」の敗北から学び、自らの政党を改革政党と位置付けるイメージを正面から掲げて戦いに臨んだ。選挙民にとってわけもなく「一生懸命に改革」を叫ぶ姿は評価に値することなのだ。それほどに大阪の市民の現状への不安と不満は混乱しそれへの批判の視点を見失っているということができる。維新と対抗するためには、二一世紀の資本制的生産様式が落ち込んでいるグローバルな長期停滞から脱出する方向を、具体的に大阪市民に分かる言葉で説明する言葉を見つけ出していく作業が欠かせない。

安倍改憲路線の先兵の役割を担う

 大阪府知事選挙は、栗原貴子候補(自民党)が、105万1174票(得票率33.3%)、松井一郎候補202万5387票(得票率64.1%)、投票率45.47%で、大阪市長選挙は、柳本顕候補(自民党)が、40万6595票(得票率38.5%)、吉村洋文候補50万5564票(得票率59.3%)であった。開票開始の20時ちょうどにはすでに、マスコミ各社は「維新」圧勝を印象付けるテロップを流していた。いま開票が始まったばかりなのに。開票の結果、大阪維新の会は、府知事選挙では、府下全域で栗原候補を上回る得票を獲得した。また、「大阪維新」の吉村候補は、西成区で柳本候補に僅差で及ばなかったが、そのほかのほぼ全域で吉村候補が柳本候補を上回る票数を獲得した。
 今回のダブル選挙での勝利で、松井知事は自信を持った。選挙直後に、次回の参議院選挙では近畿の全選挙区に「大阪維新」の候補を立てる、原則、参議院一人区には、すべて候補者を立てると言明した。今後は、大阪維新の国政へのかかわり方が焦点となる。橋下が知事時代に発表した政策綱領「維新八策」には、憲法九条改正のための国民投票が明記されている。かれらは今後、憲法改悪、安保法制を御旗に立てて戦争体制の構築を推し進めている、安倍政権の先兵の役割を果たすことになるだろう。
 橋下のように右翼的な言辞を弄し、仮想敵を設定して口汚くののしることによって大衆に「強い、決められる政治家」というイメージをアピールする政治家は今や世界中に蔓延している。アメリカ共和党大統領候補のドナルド‐トランプ氏が典型的だが、イギリス保守党のキャメロン首相が、新しい労働党コービン党首から「真面目な国会答弁をするよう」に促されているニュースが伝わってくる。この例は安倍首相の国会答弁を連想させる。イギリスではサッチャー以来の新自由主義的な政策で、いっそうの貧困と格差が拡大した。しかしそこからは、何ら新たな景気の拡大と雇用の増大は実現できなかった。カタルシス効果を狙った政治的パフォーマンスによって大衆の不満を一瞬解消するという、政治をエンターテインメントにしてしまう以外にこの苦境から脱出するすべが支配階級にはないのだ。このことは支配階級が、進行している資本制的生産様式の陥っている危機からどうしたら脱出できるのかについて確固たる方向を見出せないことを表している。橋下に類した政治家が登場してくる土壌は今も広範に存在している。橋下の登場はわれわれに現代資本主義を的確に批判しその転換を促す正確な批判の言葉を人びとにどう伝えられるかという課題を提示している。【小野利明】

(『思想運動』972号 2016年1月1日・15日号)