「待機児童問題」は憲法問題
子どもの生活権と親の働く権利を保障せよ


 2016年度がスタートして1か月、「待機児童問題」はその後どうなったか。政府が初めて認可保育所に入所できない「待機児童」の数を発表したのは、1995年のこと。その後、「待機児童」の数が増え続けたため、2001年に「待機児童」の定義を変え、姑息にも認可外4保育施設を利用しながら待機している子どもはカウントしないことになった(保育施設の区分は別掲の表を参照)。生まれてくる子どもの数は減少しているのに一向に「待機児童」問題は解決せず、都市部を中心に「保活」は激しさを増すばかりである。
 今年の2月に出た「保育園落ちた日本死ね!!!」 「一億総活躍社会じゃねーのかよ……」と題した匿名のブログの文章は、同じ思いをしている女性たちの共感を呼び、「保育所を増やせ!」と国会前行動や署名集め等の行動へとつながった。
 同月29日に開催された衆院予算委員会でも、このブログの問題が取り上げられたが、安倍首相は「実際に起こっているのか確認できない、議論してもしようがない」と真摯に向き合おうとせず、参議院選挙を前にして「国民の反感を買う、初動ミス」だと与党を慌てさせた。

人権無視の政府の緊急対策

 3月28日、内閣府は「待機児童緊急対策」を発表した。「0歳から2歳を預かる『小規模施設』の規制緩和を行い、3歳児も受け入れる」「『小規模施設』の定員は19名以下だが、それも緩和し増員する」という。「0歳児」と「3歳児」とは、動き方や遊び方に大きな違いがある。それを増員した上に「小規模」(民家やマンションの一室などの保育室)で担えというのだ。
 また文部科学省は3月22日、待機児童問題が深刻化している自治体に向けて「幼稚園でも0歳から2歳の子どもを預かる制度を、積極的に実施することを求める方針である」ということを明らかにしていたが、1か月後の4月22日に通達を出した。私立幼稚園の中には、3歳から就学前の子どもを「預かり保育」と称して保育所並みの「長時間保育」を実施している園もある。さらに0歳児を預かるとなると、その専門の保育士や午睡施設・給食の設備等が必要となる。また、子どもを預かる時間もまちまちで、さらに混乱をまねくことが予測される。
 また、内閣府は「保育士の待遇改善」も検討課題だとしたが、3月28日の発表では、保育士の給与アップは「恒久財源がなければできない」「待遇改善なし」というものだった。労働強化はするが、金は出さないということである。
 「待機児童問題」が解消しない重大な要因として、保育士が集まらない、すぐに辞めてしまうという問題がある。文科省や内閣府が出した「緊急対策」は、人手不足を解消するどころか、保育士にいっそうの負担を課すものである。
 子どもや保育士を犠牲にした「待機児童」対策など、まっとうな策であるはずがない。保育士がいなければ、保育園を開園したくてもできない。
 今年1月の有効求人倍率は、全国平均約2.4倍、東京都は約6.2倍となっているが、「新しく開園したいが住民が反対した」などの言い訳は、問題のすり替えではないかとわたしは疑っている。

多発する死亡事故は規制緩和が原因

 「待機児童問題」がマスコミ等で沸騰していた3月、大阪の認可外保育施設で1歳児の死亡事故が報じられた。うつぶせで寝かせていたことが死亡原因だというが、このような保育施設での死亡事故は、2014年は17件、15年は14件も起きている。ほとんどの事故は「認可外施設」で起きており、内閣府が発表した事故防止対策は「うつぶせ寝」をさせないこと「数分ごとに、寝ている子の口元に手を当てて息をしているか点検をすること」というものだった。認可外の施設は、保育士が不足していたり、経験が浅く(または無資格)、子どもの異変を見抜くことができない保育士で運営されていることが多く、施設のありようそのものに問題がある。

「待機児童解消策」は憲法違反だ!

 2012年8月(民主党の野田政権時代)に「社会保障制度改革推進法」が成立し「社会保障・税一体改革の基本法」で「公的年金制度」「医療保険制度」「介護保険制度」の改悪と並んで「子ども・子育て支援法」が成立した。この法は、保育施設の行政責任を解消し、保育市場の開放(民営化)を狙った法であった。そして、子育ての第一の責任は親にありと「自助」の強調がされ、政府は、市町村と都道府県が行なう子育て支援事業の「後方支援」を行なうに過ぎないものとなった。
 さらに、安倍政権は2015年4月「子ども・子育て支援新制度」によって、既存保育施設の定員を増やし、企業の参入を促進し、手の空いた主婦による「保育ママ」制度を設置した。質を犠牲にした「待機児童」解消策であり、公的保育を徹底的に解体する憲法違反の政策をスタートさせたのである。
 保育施設は、憲法25条で保障されている「生存権」を具体化した施設である。そして保護者の働く権利を保障する施設でもある。憲法と同時に成立した「児童福祉法」は、「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」と、国と自治体の責任を明確にうたったのだった。 【村上理恵子】
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
認可保育所  認可保育所とは、児童福祉法に基づく児童福祉施設で、国が定めた設置基準(施設の広さ、保育士等の職員数、給食設備、防災管理、衛生管理等)をクリアして都道府県知事に認可された施設。区市町村が運営する公立保育所と社会福祉法人などが運営する民間保育所(私立)がある。認可保育所は公的補助を受けて運営されている。

認可外保育所  認可保育所以外の保育施設。保育料の額は施設ごとに異なる。園庭がないところも多い。
①自治体の助成施設:自治体から助成を受ける保育施設。東京都の「認証保育所」「保育室」や横浜市の「横浜保育室」など。
②事業所内保育所:会社や病院が、従業員のために設ける保育施設。
③その他:公的な助成を受けていない保育施設。個人によるボランティア的なものから、チェーン展開する企業経営の施設など。「保育ママ」も。

(『思想運動』979号 2016年5月1日)