「朝鮮問題」という名の日本イデオロギーの克服を
朝鮮の第五回核実験実施と日本労働者階級・人民の課題


 九月九日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の核兵器研究所は、《朝鮮労働党の戦略的核武力建設構想により、われわれ核兵器研究所の科学者・技術者は、北部核実験場であらたに研究製作した核弾頭の威力判定のための核爆発実験を断行した》という声明を発表し、五回目の核実験をおこなったことを明らかにした。
 同声明では、《今回の核弾頭爆発実験は、堂々とした核保有国としてのわが共和国の戦略的地位をかたくなに否定し、わが国の自衛的権利行使をあくらつにも仕掛けてくる米国をはじめとする敵対勢力の威嚇と制裁騒動にたいする実際的対応措置の一環として、敵がわれわれに手を出すなら、われわれも真っ向から対決する準備ができているという、わが党と人民の超強硬意志の誇示だ。米国の度重なる核戦争の脅威からわれわれの尊厳と生存権を守り、真の平和を守るための国家核武力の質量的強化措置は継続するであろう》と述べている。

日米韓の対応は

 この事態を受けて米国大統領のバラク‐オバマは九日、《地域の安全保障と世界の平和や安定にとって重大な脅威》として《アメリカは北朝鮮を核保有国として決して認めない。挑発的な行動は孤立させるだけだ》と警告する声明を発表(NHK)、日本国首相の安倍晋三も同日《北朝鮮に厳重に抗議し、最も強い言葉で非難する》との声明を発表(『読売』)、韓国大統領の朴槿恵も《われわれは過去とは違う極めて厳重な安保状況に直面している》《金正恩の精神状態は統制不可能とみなければならない》《あらゆる手段を動員して北朝鮮への圧力を強める》と、同日夜の閣僚を集めた会議で発言した(『日経』)。国連安保理も同日緊急会合を開き、対朝鮮批難の報道機関向け声明を発表、さらに十三日、米国はグアムのアンダーセン空軍基地からステルス戦略爆撃機B―1Bを韓国の烏山米空軍基地まで飛来させるデモンストレーションをおこない、十四日には日本の国会で衆院外務委員会・参院外交防衛委員会が開かれ、全会一致で対朝鮮抗議決議を採択、今後十月十日から十五日にかけて韓国西方の黄海と済州島沖で米海軍の空母打撃群が参加する米韓合同軍事演習が強行されようとしており、横須賀の米海軍基地から第七艦隊の原子力空母ロナルド・レーガンが派遣されようとしている。

メディアの反応は

 こう描いてくると、あたかも朝鮮が核実験をおこなうから、日米韓が連携してその「暴走」の封じ込めにかかっているようにみえる。事実、九月十日付のマスメディア(筆者が見たのは朝日・毎日・読売・日経・産経の全国紙と地方紙の沖縄タイムス)による報道は(『しんぶん赤旗』も含め)、すべてそのように描かれ、結論は「暴支膺懲」式の「朝鮮制裁」論のいっそうの強化だ。ただし『琉球新報』の社説だけが次のように主張した。《(前略)これに対して軍事的に対抗措置を取る動きが出ている。韓国軍は北朝鮮が核攻撃を加えようとすれば、金正恩・朝鮮労働党委員長の体制中枢部を精密誘導ミサイルで同時多発的に攻撃し、特殊部隊も投入すると宣言した。/(中略)北朝鮮に核攻撃力を見せつける狙いのようだが、こうした強硬策では事態を悪化させるだけではないか。/(中略)「包括的核実験禁止条約」が国連総会によって採択されてから、今月10日で20年の節目を迎えた。日本を含む182カ国が署名し、157カ国が批准したが、発効要件国のうち8カ国が未批准のため、発効できないままだ。未批准なのは北朝鮮、米国、中国などだ。/今回の北朝鮮の核実験に対する非難も必要だが、これを機に国際社会は未批准の8カ国に働き掛けを強めるべきだ。(後略)》と主張し、その冷静さにおいて他紙との違いを際立たせた。

危機の根源は

 われわれがこれまで朝鮮の核実験の度に主張してきたことは、この朝鮮半島を覆う危機の根源は何によってもたらされているか、ということである。今回の核実験の直前の八月二十二日から九月二日にかけては、「乙支フリーダム・ガーディアン」と名付けられた米韓合同軍事演習が韓国軍五万人余、アメリカ軍二万五〇〇〇人余の兵力を投入して強行され、さらにこれを遡ると、三月七日から四月三十日までおこなわれた米韓合同軍事演習「フォール・イーグル/キー・リゾルブ」に突き当たる。いずれの合同軍事演習も「作戦計画5015」にもとづく平壌占領・指導部除去の「斬首作戦」まで想定した核先制攻撃訓練だ。さらにこれを遡ると一月六日の朝鮮による第四回目の核実験、さらに遡ると……(これ以前の朝鮮半島をめぐる昨年の軍事緊張については、本紙二〇一六年二月一日号に掲載の拙稿「問題の核心は『朝米平和協定』の締結だ」参照)。
 じじつ、朝鮮外務省スポークスマンは十一日の談話で、《米国こそわれわれの核弾頭開発を後押しした張本人であり、過去数十年間毎日のようにわれわれを恒常的に圧迫してきた米国の核の脅威と恐喝は、われわれをここまで追いやる原動力になった》と指摘している。
 結局、一九五三年の朝鮮戦争の停戦協定を国連軍という名の米軍が一方的に反故にして、同年七月に韓国と米韓相互防衛条約を結んで朝鮮半島南半部に米軍を駐留させ、核兵器を持ち込んで軍事緊張を煽ってきたことに行き着く。さらには、朝鮮戦争勃発前後の政治状況、日本軍国主義の敗北と朝鮮解放と南北分断、日本帝国主義の朝鮮侵略・植民地支配、大韓帝国併合、日露戦争、日清戦争等々と日朝間をめぐる近代関係史にまで、その淵源を遡ることができる。

反動イデオロギー

 いまこの日本社会に宿痾のように固着している「朝鮮問題」という名の日本イデオロギー問題は、「沖縄問題」とならんで、われわれ日本人民が必ず克服しなければならない、そのことなしには日本人民が近隣諸国人民と肩をならべて戦争を引き起こす根源=帝国主義勢力と闘い抜けない最重要の課題である。いまこの「朝鮮問題」にたいする態度が、日本の労働者階級がインターナショナリズムを実践できるか否かの重要な試金石になっている。とりわけ、安倍戦後七〇年談話、戦争法の国会強行採択、日本軍「慰安婦」問題をめぐる「日韓合意」、朴裕河の『帝国の慰安婦』現象など、昨年来浮上している思想的実践的課題にわれわれがどう対応するかで、左右の対立だけではなく、リベラル層をも含む運動側内部に鋭い分岐が生じている。それは「8・8天皇発言」をめぐる評価とも関連して、戦後日本のありようを、ひいては近代以降の日本のありようを鋭く問いかけている。
 今回の朝鮮の五回目の核実験に対して、広島県被団協の坪井直理事長は《オバマ米大統領が広島を訪問し、世界的に核廃絶の機運が高まっている中での実験で、被爆者として腹が立ってしょうがない》(『産経』)、《決められたことは守れと言いたい。自分勝手なことをやるのは戦争への道だ》(『毎日』)と語ったという。その被爆者としての核を憎む思いはわれわれも共有したい。だが、言わなければならない。オバマの広島訪問が真に核廃絶を意図してのものだったのか? (米主導の国連で)決められたことを守ることは、朝鮮がふたたび帝国主義の軍門にくだり、命のように大事にする自主権を放棄することにつながるのではないのか? 朝鮮に戦争への道を強要しているのは米日韓の側ではないのか? ということを。
 韓国の聖公会大学教員で日韓関係史と日本現代史を専攻する権赫泰は、近著『平和なき「平和主義」 戦後日本の思想と運動』( 鄭栄桓訳、法政大学出版局、二〇一六年八月刊)の「第七章 二つのアトミック・サンシャイン 被爆国日本はいかにして原発大国となったか」の文末で《日本が脱原発をしようが、核武装を放棄しようが、依然として米国の核の傘のもとにあるという問題は残るのである。問われるべき問題は日本の戦後平和主義が米国の核の傘で守られてきた構造がいまも現在進行形として続いているという厳正な事実である》と指摘している。朝鮮側からみれば、この「厳正な事実」に無自覚のまま戦後七一年間歩んでいる日本の平和主義と、在日朝鮮人にたいして戦後七一年間も植民地主義の延長を強いている日本の状況がコインの裏表のように映っているのではないか? そういう状態で、どうして日本の平和、朝鮮半島の平和、アジアの平和が語れようか。
 われわれが成すべきこと、成さねばならないことは、「暴支膺懲」のごとく「朝鮮制裁」を声高に叫ぶことではなく、朝鮮も日本も、だれの指図も受けることなく自主性をもってやっていける世界の実現のために、協働して闘うことである。その闘いの矛先が向かうところは朝鮮ではなく、戦争挑発を繰り返す日米韓の支配階級である。【土松克典】

(『思想運動』987号 2016年9月15日号)