トランプの勝利と激動する国際情勢を見据えて
社会主義こそが人民の未来を切り拓く


庶民の怒りの表明

 最大限の利潤獲得を追求し、ウソで塗り固めて他者を出し抜き、人殺しを商売とする腐り切った資本主義が、いまなお生き延びている。
 昨年十一月八日に行なわれた米国大統領選挙では、政治家としての経験だけでなく、行政経験もなく、人種差別主義者で排外主義者、女性蔑視発言を繰り返し、国際協調を否定し「米国を再び偉大に」と叫ぶ、「これまでの政治家とはまったく違う」、「政治の素人」で実業家の、ドナルド‐トランプが勝利した。
 ウォール街の金融資本、多国籍企業、軍産複合体、巨大マスコミ、さらにはみずからの出馬母体の共和党内主流派といった既得権勢力(エスタブリッシュメント)との対立を演出し、生活の苦しさと脱出口の見えない現実に苦しむ大衆の不安と不満に付け入り、ヒラリー‐クリントン有利の「大方の予想を裏切」って、「世紀の番狂わせ」をやってのけたのだ。
 米国・日本をはじめ資本主義世界のマスメディアは、圧倒的多数がクリントンの当選を予測したが、その希望的観測は見事に外れた。権力と癒着し、ありとあらゆるヒトとモノに食い込んで膨大な情報を収集し、IT技術を駆使して「完全無欠」の分析・予測を行なうマスコミ、そしてそれを支える「知識人」らは、先の英国のEU離脱においても大方が予想を外した。この失敗の持つ重みは、「サイレント・マジョリティーの存在」などといくら言い訳を並べようとも、限りなく大きい。
 生身の人間の持つ怒り、悲しみ、絶望を甘く見ていた、あるいは無視していたのだ。クリントン陣営もそうであったし、われわれを含めた多くの「左翼」もそうであったと言えよう。そこには、トランプたちの大金持ちクラブには入りたくても絶対に入れない中流以下の労働者人民の、「大学出の、お利口さん面して上から目線でモノを言う高給取りの言葉など誰が信じるものか」という庶民の意思が、強く込められていただろう。

変化する国際情勢

 いま、アメリカ帝国主義の相対的力の低下は明らかである。オバマにしてもトランプにしても、もはや米国は「世界の警察官にはなれない」ことを告白している。米国の一極支配の終焉のはじまりである。しかしもちろん、いまでも米国の経済力、圧倒的軍事力、資本主義的価値観のリーダーとしての影響力は、依然として強大だ。その強国の絶大な権力を持つ大統領に、ファシスト顔負けの発言を繰り返すトランプが就任するのだ。
 トランプ勝利後の米中、米ロ、米欧、米中東、米アフリカ、米南米など、全世界の情勢は劇的に変化するだろう。日本のマスコミは、日米関係に大きな変化はないだろうという、またしても希望的な観測を流しているが、国際情勢の激変の中で、日米関係も当然変化する。マスコミはここでも人民をミスリードする、大きな犯罪的役割を果たしている。
 日本独占資本とその政治的代理人である安倍政権は、台頭する中国の封じ込めと、国内統治の切り札としての朝鮮脅威論を維持するために、日米同盟を「希望の同盟」などと呼んで、盛んに自画自賛している。トランプの、大統領選挙中やその後の「在日米軍駐留費の負担増」や「日本の核武装容認発言」などの「公約」をそのまま鵜呑みにすることはできないとしても、トランプはオバマ・クリントン路線との違いを出さないわけにはいかない。

新自由主義の矛盾

 一九八九年から九一年のソ連・東欧社会主義体制の倒壊以降、資本のグローバリズムが急進展した。新自由主義(規制緩和・構造改革・民営化)の全世界的展開は、米国を頭目とする帝国主義の一極支配を出現させた。
 しかしその二五年後のこんにち、世界の様相は一変した。中国・BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)をはじめとする新興諸国の台頭、とりわけアジアの発展は目を見張るものがある。中国のGDPは二〇三〇年頃までに、日米をあわせた額を上回ると予測されている。一方ヨーロッパでは財政危機と停滞がつづき、反EU・反移民感情が噴出している。二〇一六年は、五月のフィリピン大統領選挙での反米自主を掲げるドゥテルテの当選、そして六月の英国のEU離脱と欧州全域に広がる反EU・反移民の動き(二〇一七年はオランダ総選挙、フランス大統領選挙、ドイツ総選挙がある)、さらに二三〇万人を数えるデモを背景にした十二月の韓国大統領朴槿恵の韓国国会での弾劾訴追案の可決と、世界的に大きな政治変動が起きた。
 一握りのブルジョワ階級への富の一極集中(世界のトップ六二人の大富豪が、全人類の下位半分、すなわち三六億人と同額の資産を持っている)。格差と貧困の全世界的拡大。終わりの見えない戦争と移民の激増(難民の数は六五三〇万人にものぼる)。財政危機を口実とした労働・教育・医療・年金などの公的分野への国庫支出の削減。
 資本主義の抱える矛盾が、一方的に労働者階級人民にしわ寄せされている。高止まりした失業。蔓延する非正規と低賃金労働。労働者人民の現状への不満と将来への不安、そして怒りが、いたるところで蓄積され、爆発している。
 しかしこの怒りを、資本主義を打倒し社会主義を実現する方向に組織する労働者階級の政治勢力が確立されていないこと。この決定的弱点が、大衆の政治不信を増大させ、かれらがトランプや安倍らの右翼勢力に引きずられていく根本原因なのだ。

ポピュリズム現象

 米国大統領選挙に見られる大衆迎合主義(ポピュリズム)現象は米国だけのものではない。小泉純一郎、石原慎太郎、橋下徹、小池百合子、そして遠くは青島幸男、横山ノックを登場させた日本社会は、その先陣をきっていたとも言える。
 一九八〇日を数えた、小泉純一郎以降の歴代の日本国首相の在職日数は、二〇〇六年九月就任の安倍晋三の三六六日からはじめて、福田康夫の三六五日、麻生太郎の三五八日、鳩山由紀夫の二六六日、菅直人の四五二日、野田佳彦の四八二日であり、ほぼ一年ごとに首相が変わった。そして安倍は二〇一二年十二月二十六日に二度目の首相に就任し、こんにちまで四年、一四六〇日以上首相の地位にある。総裁任期を二期六年から三期九年に延長させた安倍が、二〇一八年九月の自民党総裁選で三選し、二一年九月までの任期を全うすれば、在任三五六七日、歴代最長の桂太郎(二八八六日)をはるかに超え、自身が先送りした二〇一九年十月の消費税一〇%への引き上げ、二〇二〇年夏の東京五輪・パラリンピックも在任中に迎えるという、冗談とも悪夢ともいえる現実が、厳に日本社会にあるのだ。嘘でも言ったもの勝ちの世界と日本。トランプと米国社会を笑える資格はない。

選挙結果の概要

 十二月二十二日、CNNは、米大統領選の最終的な集計結果を「クリントンが六五八四万四九五四票で得票率は四八・二%。トランプが六二九七万九八七九票(同四六・一%)で、クリントンが約二九〇万票上回った」と報じた。
 落選した候補としてクリントンは米史上最も多くの票を集めていたことになるという。
 またクリントンは、二〇一二年選挙でのオバマの得票数を三九万票弱上回ったことも明らかになった。だが重要な激戦州でトランプに僅差で負けたため、選挙人の数では前回のオバマより一〇〇人以上も減らすという結果となった。
 トランプは、激戦州とされ、一二年選挙ではオバマが押さえたウィスコンシン、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、フロリダの各州で勝利したことで過半数を上回る選挙人を獲得することができた。
 トランプの主張する「地滑り的大勝利」は実態に即しておらず、歴史的な辛勝だったといえそうだ、と伝えている。
 ここで注意しなければならないことは、選挙直後に流された、そしてCNN自身もそう報じていた、クリントンが前回選挙でのオバマより票を大きく減らしたとか、投票率が下がったとかの情報が、それ以降に訂正されていることである。直後の数字はあくまで暫定的なものだったのだろう。しかし、こうした数字にもとづいた論考が、おびただしい数で流布しており、「民主党の一般投票数は前回よりも五〇〇万票以上減らした」とかのイメージが残っている。米国の大統領選挙のシステムは、選挙人五三八人の過半数の二七〇人以上を獲得した方が勝利するというもので、一般投票数はトランプの方が少ないものの、各州の選挙で勝利をおさめ、三〇六人の選挙人を獲得したトランプが二三二人のクリントンに勝利したということだ。
 もう一つの特徴としてあげられているのが、激戦州での「リバタリアン党」や「緑の党」など第三政党の躍進だ。
 ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア州ではこの影響がもろに出ているとの分析がなされている。

トランプの主張

 トランプは、環太平洋経済連携協定(TPP)については、就任初日に「離脱を(他の参加国に)通告する」と明言している。米国・メキシコ・カナダが交わしている北米自由貿易協定(NAFTA)からの離脱も示唆している。また、輸入関税を支持し、中国には四五%、メキシコには三五%を課す考えも示している。
 地球温暖化対策の新たな枠組みである「パリ協定」からの離脱も示唆している。化石燃料の採掘拡大、規制緩和、「キーストンXLパイプライン」と呼ばれるカナダと米国との間の石油パイプライン敷設も支持している。
 ロシアや中国との関係は、強硬派のオバマ・クリントン路線とは違う。「自国第一主義」のもとではあるが、硬軟あわせて関係改善の方向を打ち出している。
 不法移民を強制送還し、メキシコとの国境に万里の長城を造ることや、イスラム教徒の米国入国を拒否するという発言もしている。北大西洋条約機構(NATO)や日本、韓国などとの安全保障では、各国の負担の増額を求めている。イランとの核合意破棄も検討している。
 国内向けでは、医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃。法人税率(連邦税・現行三五%)を一五%に引き下げる。減税・規制緩和で成長率を三・五%以上に引き上げる。一〇年間で一兆ドルのインフラ投資を拡大する(ソフトバンクの孫は五〇〇〇億ドルの投資を表明している)。
 果たしてどこまで実現可能性が考えられてのものか、大いに疑念がある。しかしとりあえず相手と違うことを言うことで注目を集めようということかもしれない。そしてそれが大統領選挙では功を奏したのである。支持を引き留めるためにもこの道を進むということでそのうち本気になってくるようだと恐ろしい。

主要閣僚人事など

 各種の報道からまとめてみると、政権の「影のナンバー2」とも呼ばれる大統領首席補佐官には、共和党全国委員会のラインス‐プリーバズを起用。そして選挙戦でトランプ陣営の最高責任者を務めたスティーブン‐バノンを大統領上級顧問兼主席戦略官に登用した。バノンは扇動的なニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の前会長で米金融大手の投資銀行ゴールドマン・サックスに勤務した経験があるほか、米海軍では将校を務めた。「米国で最も危険な政治フィクサー」と呼ばれている。
 国務長官(日本の外務大臣にあたる)には米石油最大手エクソンモービルのレックス‐ティラーソン最高経営責任者(CEO)を起用。サハリンの大規模エネルギー開発や北極海の資源開発を手掛けてロシアとの関係が深く、ウクライナ問題をめぐる対露制裁には批判的とされる。トランプは、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討にはロシアとの関係改善が必要としている。
 経済政策の司令塔である米国家経済会議(NEC)委員長にはゴールドマン・サックス社長兼最高執行責任者のゲーリー‐コーンが就く。
 財務長官にはこれまたゴールドマン・サックスの元経営者で、大統領選挙でトランプ陣営の財務責任者を務めたスティーン‐ムニューチン。ゴールドマン・サックスの元幹部が財務長官に就任するのは一九九〇年代半ば以降で三人目となる。ロバート‐ルービンはクリントン政権で、ヘンリー‐ポールソンはジョージ‐W‐ブッシュ政権でそれぞれ財務長官を務めた。
 商務長官にはロスチャイルドで役員を務め、現在は投資ファンド会社WLロス&カンパニーを率いる投資家のウィルバー‐ロスを起用。欧州危機におけるギリシャへの投資で有名。
 労働長官には最低賃金引き上げに反対し、ロボット店員の配置で知られるファストフード大手のアンディー‐パズダー最高経営責任者(CEO)を起用する。
 運輸長官には台湾出身で元バンク・オブ・アメリカの副社長で女性のイレーン‐チャオを指名。チャオの一族は海運会社を経営している。
 トランプはヒラリーをウォール街の手先と繰り返し非難し、エスタブリッシュメント(既得権益層)批判のポーズをとってきたが、選挙が終わってみれば、同じ穴のムジナということを自己暴露している。トランプを筆頭に、経済閣僚に「政策決定者が自己の利益を利する政策を決める可能性がある」という「利益相反」への疑念が消えない。新政権は「利益相反の塊」との指摘もでている。
 安全保障分野をみると、国防長官に海兵隊のジェームズ‐マティス元中央軍司令官を指名。マティス退役大将は海兵隊に四四年間従軍。二〇〇一年のアフガニスタン軍事作戦では南部地区で作戦を統括し、〇三年のイラク軍事作戦では海兵隊師団を率いた。NATOの戦略司令部司令官も務めた。一〇年には中東地域を担う米中央軍司令官に就任。批判を恐れない激しい物言いからあだ名が「狂犬マティス」。対イラン強硬派でもある。
 大統領に外交・防衛政策に対する助言や政策立案をする大統領補佐官(国家安全保障問題担当)にはイスラム教を「癌」と呼ぶ、元国防情報局長官のマイケル‐フリンを指名した(ロシアとの関係が深いともいわれる)。フリンも退役陸軍中将。
 米中央情報局(CIA)長官にはイラン核合意反対派でタカ派のマイク‐ポンペオ下院議員(カンザス州選出)を指名している。
 テロ対策を統括する国土安全省長官には、中南米を担当する南方軍司令官として不法移民や薬物問題に取り組んだ元海兵隊大将のジョン‐ケリーが指名された。
 政権中枢に元軍幹部が三人も入っている。「軍隊の文民統制は米国の民主主義の基本原則だ」が、なんとも軍事オタクの政権である。
 さらに次期駐中国大使には、習近平国家主席の「三〇年来の旧友」中部アイオワ州のテリー‐ブランスタッド知事を起用。
 駐イスラエル大使に、イスラエルの米大使館を現在のテルアビブからパレスチナと帰属を争うエルサレムへ移す意向を示す、親イスラエル強硬派の弁護士のデービッド‐フリードマンを指名。

KKEの声明

 最後に「合衆国大統領選挙の結果に関するギリシャ共産党(KKE)の声明」を紹介して本稿を終える。
 「合衆国大統領選挙の結果を受け、ギリシャ共産党中央委員会報道局は、以下の声明を発表した。
 現在トランプの勝利を祝している政治勢力も、クリントンが勝利しなかったことを『嘆いている』人々も、両候補が合衆国の資本家の利害だけを代表しており、アメリカ人民に敵対する反動的な反人民の政治方針を続け、他国の人民、とりわけ、われわれの地域の人民に対する危険な戦争挑発政策を続けるということを隠している。
 そのことは、選挙前にアメリカ人民の中に見られた両候補を拒否する傾向によっても裏付けられているし、アメリカ人民と移民、少数派などの大部分にとって、『オバマ』への希望が失望に終わったことにも示されている。
 人民は、貧困と危機と戦争をうみだす体制と決裂し、それを打倒することをめざしてみずからの道を進む時に、『前門の虎と後門の狼』のいずれに食われるのを選ぶかという選択から解放されることになる。
 二〇一六年十一月九日」
 紙幅の関係で国内情勢にはほとんど触れられなかった。一月以降われわれは、多くの仲間と協力してその課題を果たしたい。【広野省三】

(『思想運動』994号 2017年1月1日-15日号)