化けの皮はがれる「働き方改革」
職場・生産点を基礎に労基法改悪を阻止しよう


賃上げ回答は低迷

 「官製春闘失速」「息切れ」の見出しが三月十六日の新聞各紙の朝刊を飾った。自動車、電機など大手主要企業の賃上げ(ベースアップ)回答は、トヨタの一三〇〇円(前年一五〇〇円)をはじめとして軒並み前年実績を下回った。
 連合は十七日の第一回回答集計で、三〇〇人未満の中小の賃上げ率が全体と同じ二・〇六%だったことから規模間格差が縮小と評価した。深刻な人手不足から、たしかに中小や非正規の一部では賃上げが見られる。しかし、三月に公表された昨年十月~十二月期の法人企業統計調査結果では、経常利益は四半期ベースで過去最高の二〇兆七〇〇〇億円。たとえ余力があっても支払わない、資本の意志と貪欲さが如実に表れている。
 政府が昨年十二月に示した同一労働同一賃金ガイドラインによる非正規労働者の人件費負担への影響について、毎日新聞が主要企業にアンケート調査を行なった。総人件費が増えるとしたのは回答企業の四割にとどまり、半数は「増えない」と答えた。多数の企業が現状のままで対応可能と考えている(二月八日付記事)。
 これと符節を合わせて、昨年十一月の長澤運輸事件東京高裁判決や三月二十三日のメトロコマース事件東京地裁判決など、賃金差別を容認する司法判断が相次いでいる。また、某バス会社の運賃値上げ申請に対して国土交通省が「おたくは他社に比べて人件費が高すぎる」と指摘した例もあるという。
 安倍政権は経団連にベア実施を要請するなど大衆受けするポーズをとっているが、実際には、総額人件費抑制という独占の攻撃を司法・行政一体でバックアップしているのだ。これが「働き方改革」の正体なのである。

過労死ライン上回る上限時間

 「働き方改革実現会議」を舞台とした長時間労働是正をめぐる茶番劇にも政労資の力関係が映し出された。
 時間外労働、休日労働の上限規制をめぐっては、特例である三六協定に基づく延長の限度時間について、連合と経団連は「一〇〇時間未満」か「一〇〇時間」かという秒単位の攻防を繰り広げたあげく、三月十三日の安倍首相の「裁定」によって「一〇〇時間未満」で合意という落ちがついた。
 しかし、厚生労働省が二〇〇一年に定めた過労死認定基準における過重負荷の有無の判断、いわゆる「過労死ライン」のひとつは「一か月間におおむね一〇〇時間又は二か月ないし六か月にわたって一か月当たりおおむね八〇時間」だ。
 「一〇〇時間未満」は、実現会議事務局が当初示した「脳・心臓疾患の労災認定基準をクリアするといった健康の確保が大前提」との基本的考え方すら投げ捨てた、過労死ラインを優に上回る時間での合意であり、容認してはならないものだ。
 三月二十八日の第一〇回実現会議に提出された「働き方改革実行計画」には、前記合意に加え勤務間インターバル制度(時間外労働などを含む一日の最終的な勤務終了時から翌日の始業時までに一定時間以上の休息時間を確保する制度)導入の努力義務化が入ったものの、使用者による労働時間把握の適正化、義務化は影も形もない。加えて、上限規制の原則である「月四五時間、年間三六〇時間」は時間外労働の話であって休日労働は含まないということも明らかになった。さらに、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の拡大を目指して国会に提出済みの労基法改悪法案について「早期成立を図る」と実行計画に明記されてしまった。連合はいいように手玉にとられたのだ。
 連合の妥協は批判されるべきである。しかし、経団連の強硬姿勢と連合の妥協の背景には、過労死、過労自死という国際的に例のない労働災害の頻発を許してしまうほどにこの国の労働運動、労働組合の職場規制力が弱体化させられてきた歴史的事実と、そこに形作られてきた「長時間労働が当たり前」の職場実態、違法な三六協定違反すら蔓延する(中小零細経営においては三六協定すらない)労働実態があることも見なければならない。資本の手をしばり、労働者の働かせ方を規制する職場での労働運動の再建、労働者意識の確立なしには、いかなる法規制も「絵に描いた餅」になるほかはない。

賃金制度の改悪こそが狙い

 政府・独占が今、罰則つきで時間外労働の上限規制を法定しようとしているのはなぜか。
 二〇一四年四月の産業競争力会議に長谷川閑史経済同友会代表幹事(当時)が提出した「長谷川ペーパー」にその答えがある。
 それは「業務遂行・健康管理を自律的に行おうとする個人を対象に、法令に基づく一定の要件を前提に 、労働時間ベースではなく、成果ベースの労働管理を基本とする(労働時間と報酬のリンクを外す)」新たな労働時間制度の創設だ。その類型のひとつが「高収入・ハイパフォーマー型」であり、もうひとつが「労働時間上限要件型」であった。
 前者は、まさしく労基法改悪法案の高度プロフェッショナル制そのものだ。後者は、現行の裁量労働制とは逆にネガティブリスト方式をとることにより、ホワイトカラーのほとんどを対象として労働時間と報酬の一対一の関係を切り離した賃金制度の導入を狙うものだ。
 政府・独占は、さかのぼれば日経連の時代から、日本のとくにホワイトカラーの労働生産性の低さを問題視してきた。労働時間の上限規制は労働者の健康、安全のためではなく、「労働時間上限要件型」の働かせ方を導入するための露払い、条件整備だ。やつらには「過労死ライン」など知ったことではないのだ。
 経済同友会が二月に「時間外労働の上限規制は高度プロフェッショナル制度等の導入を前提条件とすべき」との意見書を出していたのもそのためだ。

労基法改悪法案を廃案に

 罰則つき時間外労働の上限規制導入は、労働政策審議会を経て労基法改正案として国会に提出される。休日労働を含めたよりいっそうの規制強化と上限時間の引き下げを求めて取り組みを強化しよう。
 高度プロフェッショナル制度の創設等を狙って二〇一五年に提出され国会審議中の労基法改悪法案は、職場、地域からの運動と、労働三団体の結束した取り組みによって必ず廃案に追い込もう。決して上限規制導入との取り引きに応じてはならない。
 われわれは、正規と非正規の連帯・共同した闘いを通じて大幅賃上げ・労働条件改善の闘いと労働法制改悪反対の闘いを結びつけ、職場・生産点を基礎とした運動を前進させよう。吉良 寛【自治体労働者】

(『思想運動』999号 2017年4月1日号)